月明かりの下の彼女

『月明かりの下の彼女』


 潮の香りで目覚めた。辺りを見渡すと何もないまっくらな砂浜。
 此処はどこだ?安アパートの僕の部屋には残念ながら砂浜はなかったはずだ。
 ああそうか、これは夢か。此処は故郷の砂浜だ。この月明かりもさざなみの声もよく知っている。
 夢の砂浜でポツンと一人で座りこみ、さざなみの音を聞きながら月と星を眺めていた。毎晩この砂浜に来られたらいいのになあ。 

 この砂浜は一人では持て余してしまう。せっかくの夢なんだからあの子もいたらよかったのに……と思ったらもう隣にはあの子がいて「久しぶり!」と明る
く話しかけてきた。 久しぶりっていうことはあの頃のあの子ではないのか。
 
「久しぶりだね。起きたと思ったらまだ夢でびっくりしたよ。」
「私もびっくりしてる!起きたらいきなり砂浜で隣に君が居るんだもん!」
「君も?もしかして君は2017年の君なの?」
「そうだよ、むしろそれ私が聞きたいくらいだったのに!」

 あの頃みたいに二人で肩を寄せて、さざなみの音を聞きながら月と星を眺めていた。

「いつまでこうしていられるんだろうね。この夢はいつ終わるんだろう」
「終わってほしいの?」
「そういうわけじゃないよ。でもあの頃。僕らを照らしてくれたのは太陽光ではなく月明かりだっただろう?せめて夢の中でくらい青い海を君と見られたらな
って」
「夜の海は楽しかったよね。やることないからってとりあえず海にきてさ、何するでもなくただこうやって海と月を眺めてたよね」
「そうだったね」
「車で此処に向かう途中にいくつもホテルがあったのに、いつも君はそれに見向きもしないでここまで一直線!私もちょっとね、ちょっとだけね期待してたん
だよ。でも君はホテルどころか手を繋ぐ事すら躊躇うんだもん。月明かりの砂浜でだけ手を繋ぐことを許可しましょうって言ったら本当に素直にそれを守るん
だもん。可愛いよね。」
「もうあの頃の僕とは違うよ。あの時どうして何もしなかったのかって後悔して生きてるんだから。この世界にあのホテルはあるのかなあ。今から行こうか」
「車がないよ」
「確かに」


 夢の中とはいえ、あの子と久しぶりに話すことが出来て幸せで、忘れていた高揚感に溢れている。毎晩この夢の中でこうやってお喋りが出来たらいいのにな
。ずっと19歳のまま大人にならず、歳も取らずずっとこのままで。それがいけないことだとわかっているけど、僕はあの子に肩に手を伸ばし、抱き寄せ、頭を
なでた。そして顔を向かい合わせ口づけをしようとした時、朝日が昇りあの子は砂になった。月明かりの下の彼女、太陽は僕らを許しはしない。それは夢の世
界でも変わらない。

 

 安アパートの砂浜付きではない部屋の万年床で目覚めた僕の頬にしょっぱい潮水がつたっていた。これは涙なんかじゃない、潮水だ。その方がロマンティッ
クで気分がいい。
 そうして僕は着替えを済ませ、太陽の下、愛する恋人との待ち合わせへと急いだ。(完)