読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

かつての恋

お題「最近涙したこと」

 

 

 僕は夢を失い、都会に打ちのめされ、人生の行き場を見失っている三十路だ。

 上京して12年、音楽で成功してみせる!という強い気持ちを持っていたのは8年間だけで、残りの4年間は自分が何を望んでいるのかを探す少し遅れたモラトリアムとなってしまった。 

 東京という大都会にいれば何かが変わる気がしていたが、結局大事なのはどこにいるかでなく自分が何をしたいのかという意志なのだなと、やっと気付いた。

「僕は東京には向いていない。空いている電車に乗っても徐々に人が増えていく様は悲しくなるし、満員電車には絶望する。もっと自然が沢山ある場所がいい、海や川や山に囲まれて暮らしたい」

 

 田舎に帰ろうかな…。

 田舎にはあの女性(ひと)がいる。かつて燃えるような恋をしたあの女性。音楽をやめてあの女性に溺れてしまおうと思ったこともあった。今では立派な二児の母親だ。

 もしかしたらあの女性との新しい日々が始まるかもしれない……馬鹿なことを、と思いながらも涙が溢れて止まらなくなった。

僕はあれ以来他の女性を好きになったことはない。最近では好きという感情がなんなのかわからなくなってきた、強く人を愛せる者が羨ましく思うこともあった。

だが、僕は感情を忘れたわけではなかったのだ。ずっとずっとあの人を愛し続けていたのだ。

 

  僕は夢を失い、都会に打ちのめされ、人生の行き場を見失っている三十路だ。

 ぽっかりと心に空いた穴を埋めるために、かつての恋の思い出に縋っているだけなのかもしれない。

 しかし数年ぶりに流したこの涙は本物だ。

 本当に田舎に帰るのか、みっともなくともまだこの大都会で抗ってみるのか、自分でもまだわからない。だが、どちらを選ぶにせよ自分の意志で選ぶのだから自分次第だ。誰が悪いわけでもない。

「あの女性に顔向けできない自分にはなりたくない」

久しぶりに口に出してみると勇気が沸いた